「チャンネル登録者約550万人、1つの動画で再生回数は3,700万回以上──」
驚異的な数字を叩き出すコメディ系YouTuber、Daniel Thrasher(ダニエル・スラッシャー)。
最初は「コメディアンか〜」としか思っていなかったんですが、いろんな動画クリエイターが「ダニエルは音で映像を操る天才」と話していてびっくり。意識して彼の動画を見てみたら、音の演出がとっても細かい!
演奏家としての技術を活かし、SEやBGMを巧みに操って視聴者を笑いの渦へ巻き込む、その裏側をご紹介します。
音で映像を操るダニエル・スラッシャーとは
Daniel Thrasher(ダニエル・スラッシャー)は、アメリカの32歳のコメディ系YouTuber。チャンネル登録者数548万人以上(2025年5月現在)、最も人気な動画は累計再生回数が3,719万回を超えています。
彼の動画スタイルはコメディを自分で演じるもので、動画では器用に複数役を一人で演じています。彼の人気は凄まじく、2022年にはアメリカ中西部で初の単独ライブツアー「Daniel Thrasher Live」を開催し、4都市で6回の公演を行うほどです。
注目すべきは、彼の「音を起点」にした映像制作。実はダニエルは芸術工科大学でサウンドデザインを専攻していた過去を持ち、音楽をベースとした演技・演出を得意としています。
独特の編集手法「サウンドデザインファースト」

インタビューで語るダニエル(Daniel Thrasher's Secrets to Editing Comedyより)
多くの映像クリエイターが「まず映像を仕上げてから音を当てる」という順番で編集している中、ダニエルは逆。まずはサウンドファーストで音から映像を決めていきます。
足音、ドアの軋み、紙のめくれる音、ため息、ナイフの「シャキーン」…。それらは単なる装飾ではなく、視線の誘導やテンポを支配する構造要素として最初にレイアウトされています。
SE(効果音)やBGMをEQ(イコライザー)で細かく調整して「音がどこから聞こえてくるのか」「どう響くか」をコントロール。視聴者が注意を向けるべき対象を明確にして、視聴者の感情を導くことができると捉えています。ダニエルが言うには、音楽やSEは、視聴者のアテンションを導く最もパワフルなもの。後から足す補助的な要素ではなく、視聴者がどこで笑い、どう感じるかを支配する最初に置くべき土台だと。たしかに彼の動画コンテンツを見ると「なぜか引き込まれ」「気づいたら笑ってる」というのが多いんですよね。意識してもう一度見てみると、音が際立って入っているのがわかります。
SE(効果音)で世界観を操る
たとえば「When the acting is really, really bad」という作品。シリアルキラーの容疑者を刑事2人が追い詰めるという内容なんですが、うち1人の刑事が演技がとても下手という設定です。3人、といってもダニエル一人が演じてるんですが、かけあいがコミカルで惹きつけられます。
この動画の、ドアの外に人がいるシーン。外にいる設定の人物の声が普通のマイク音のままだと、室内にいる人物と差別化ができません。空間の奥行きを視聴者に届けられるように、ローパス/ハイパスのフィルターをかけ音の高い周波数や低い周波数を少し削り、EQや音量を調整し、こもった・遠くから聞こえるような質感を作っています。
外にいる人物が叫んでいるシーン
ドアの外のセリフが聞こえてきたタイミングで、動画内のBGMや他の音をあえて減らし、視聴者が「外からの声」に集中できるようにしています。
「いまドアの外で誰かが喋っている」ということに視聴者が気付き、自然と意識がそちらに向きます。この認知の誘導が、この後の笑いどころをより引き立てるための仕込みになっているんです。
また、冒頭のお皿を洗っているシーンでは編集でSEが付け足されています。カメラのマイクでは音を拾いづらかったりノイズまみれになってしまうことが多いですよね。そこで、お皿をこする音、水の流れる音、お皿が触れ合う音などを動きに合わせて入れています。どんぴしゃで入っていてとても自然!
この動画、3分にも満たない動画ですが、なんと68個ものSEが挿入されているとのこと。
SEを入れるのは、単に賑やかにしたいのではなく、ストーリー展開や笑いのリズムを作るため。注意深く映像を見ると、本当に細かく計算して演出されているのがわかります。

68個ものSEが挿入されている(Daniel Thrasher's Secrets to Editing Comedyより)
音でキャラクターを際立たせる
ダニエルはキャラごとにモチーフを設定するスタイルで、SEの次に音楽(BGM)、リフを重ねます。たとえば
- 容疑者キャラには不穏なピアノ
- 刑事キャラには軍楽風のドラム
といった具合に、登場人物の人格を音で表現。
これにより、容疑者にはシリアルキラーっぽい不気味な恐ろしさ、刑事には威圧感や権威性を視聴者は感じ取ります。
容疑者キャラと刑事キャラに違う音を入れているシーン(0:27〜)
ちゃんと注意して聞かないと気付けないですが、上手に切り替えられていているのがわかります。
このとき重要なのは、音楽の入りと抜けの間。BGMを入れっぱなしだと常に同じトーンになり、場面ごとの変化が弱まってしまいます。一方で「曲を入れる→止める」を繰り返すと、場面転換やセリフの切り替えがハッキリ際立ち、物語に緩急が生まれます。
また、キャラによって足音の強さやトーンを変えているところがあります。こういった音だけでもキャラの性格が何となくわかるように細かく演出されていますね。ボケ役の演技が下手な刑事キャラは足音が大きくてあからさまに変。
足音でキャラクターを表現しているシーン(1:00~)
笑いを生むズレを音で作る
「何がそんなに面白いのか説明しづらいけど、なぜか笑ってしまう」とダニエルの動画に感じることがあります。その要因の一つが、あえて入れられた「微妙なズレ」だと思います。
ダニエルのコメディには、わざとらしすぎる演技、セリフの言い直し、空気を読まないBGM、妙に長い沈黙など、意図的に変な間や「演技のズレ」が散りばめられています。
そして視聴者はその違和感にうっすら気づきながら、「この先どうなる?」と目を離せなくなるんですよね。
例えば、『When the acting is really, really bad』の中である過剰にシリアスなBGMが流れるシーンで、笑いの瞬間にスパッと音楽を切られる場面があります。不穏なピアノが最大音量で鳴り響いた後、「このままホラー的展開かな?」と思った瞬間にピタッと音楽が消えると、視聴者は意識のギャップに驚きます。そこですぐに刑事のコミカルなセリフが入れば、このシーンが実はコントであるということが視聴者に伝わって「あぁ、わざとだったのか」と安心しつつ笑う構造になっています。そのギャップが笑いの引き金になっているんです。
笑いどころのリズムに合わせて音を消す。それもダニエルがコントロールしているテンポのひとつで、全て最初から計算されています。
シリアスなシーンからの転換で音が消えるシーン
アンソロポモーフィズム(擬人化サウンド)を使いこなす
ダニエルは「アンソロポモーフィズム(擬人化サウンド)」というテクニックを使うのも得意。これは本来は無生物や関係ないものに人間的な要素や動物的な要素を付与することで、映像外のストーリーを想起させたいときに有効な手法です。
例えばナイフをさりげなく映すシーン。
映像だけではそこまで怖さを感じないので、「シャキーン!」というSEをさりげなく入れることでナイフに視聴者の注意がいくようにしています。ここで容疑者の危なさを感じ取ります。
ダニエルいわく、
「本当は音がしないものにも“シャキーン”と音を足す。それだけで観客の注意をそこに向けられるんだ」
SEが挿入されている包丁のシーン
こちらのシーンも。包帯で隠された腕のアップに「人間の悲鳴」と「チェーンソー音」を重ねています。これによって、単に「腕をケガしている」以上の映像外のストーリー(おどろおどろしい過去や何かヤバいできごと)を視聴者に想像させています。
SEが挿入されている包帯巻いた腕のシーン
「本来の音」とは別に人や動物を連想させる音を重ねることで、非現実的な不気味さやコメディ的な誇張をつくりだしているんです。
同じセリフでも0.3秒後 vs 0.1秒早く切るだけで印象がまったく変わる
ダニエルはコメディを「音楽と同じくテンポやタイミングが大事」と捉え、セリフの間(ま)やSEの入り方をミリ単位で調整。自然に「ここで笑う」タイミングを視聴者に作り出します。
「このセリフ、2フレーム削ろう」
「ここのタイミング、少しだけ詰めてみよう」
そんなミリ秒単位の調整を繰り返しながら、ちょうどよく笑えるタイミングを整えていく。ピアノ演奏で培ったテンポ感を転用しているようです。
「コメディは音楽みたいなもの。リズムが心地よく聞こえる必要があるんだ」
ダニエルが動画の調整をしているシーン
たとえば、同じセリフでも0.3秒後にカットを切るのと、0.1秒早く切るのとでは印象がまったく変わるとダニエルは言います。視聴者が「ちょうどよく理解して笑う」のか、「唐突に次の展開が始まって面白さが増す」のかが変化してくるからです。
ダニエルがサウンドデザインにこだわっていることを知った上で作品を見直すと、まさに精密なリズムが設計されつくしているのが少し見えてきます。すごすぎます。
動画のエンディングは「笑いで終わらせる」
ダニエルは「“Edit to leave on a high” 動画のラストは視聴者が笑ったまま終わるべき」という一貫したポリシーを持っています。彼の動画を見終えたあと、ふっと息をつきながら「もう一本見てみよう」と思ってしまうのはここから来ているのかも。
ダニエルはこういいます。
「動画が終わったとき、観てる人が笑ってる状態じゃなきゃダメなんだよ。
そうすれば、次の動画に手が伸びるし、コメントやチャンネル登録にもつながる」
たとえば『When the acting is really really bad』のエンディングでは、演者同士が「ハイドロクロリックアシッド(塩酸)」というセリフを言い合って、唐突な銃撃と絶叫で幕を閉じます。
ハイドロクロリックアシッドの語呂がいいのか、何度も聞きたくなります(笑)

ハイドロクロリックアシッドと言い合うシーン
もう一つ、『When you learn a riff and put it in everything』では、ダニエルお馴染みのピアノの生徒と教師のコントで、どうしても曲の最後に過剰なリフをいれて先生に怒られるというもの。最後の最後に大袈裟なエンディングを迎えて視聴者に畳み掛けています。
過激なリフを入れるシーン
エンディングのテンションを高く保つために、編集段階で「どの瞬間で終わると一番気分が盛り上がったまま終われるか」を徹底的に検証しているというダニエル。構成が完成したあとでも、「撮影当日のアドリブで出たセリフの方が面白かったら、それを使う」と語っており、実際に編集担当のジェレミーも「その場で出たネタの方がスクリプトよりも強いことが多い」と認めています。
重要なのは、「オチ=セリフ」だけではないということ。ラスト数秒での音響演出(突然の無音化、SEの爆発的挿入)、露骨なカット切り替え、露骨なリアクションカット…。すべては視聴者のテンションを維持して、次のアクションにつなげるための設計になっています。
あとがき
ダニエルの音をベースとした映像づくりは学ぶところが多かった!いやーこれまでSEにそこまで気を配れていなかった。たしかに音って大きな役割を持っているなとダニエルの映像を見て感じました。音が要因だとは気づかないかもしれないけど、確実に視聴者の意識を変えてるんですよね。ぜひ自分の動画に取り入れたいなと思いました。
ダニエルの映像制作について書ききれなかった内容をメンバーページで公開しておきますね。
- 6人のチームでどうクオリティーを保っていくか
- どんなに実績があっても、細部に気を配れない人は採用しない
- 視聴者が求めるコンテンツと自分のやりたいことを上手にマッチさせる
- 才能は固定されたものではなく、積み上げる姿勢次第
- 「あなたの動画を見て救われた」視聴者からの声が自分のWhyになる